新原歯科医院

院長ブログ

アーカイブ: 3月 2014

第18回七高グリーン会ゴルフコンペat船橋カントリー倶楽部

東京では昨日、今日の強い風で咲き始めた桜が散ってしまいそうです。

 

一昨日、3月30日の土曜日はここまでの強風ではなく、好天に恵まれ高校同期会のコンペを楽しみました。4組16人のフルゲート、私は実力者のM君、T君、そして常任幹事のI君とのラウンドでした。

 

名門船橋カントリー倶楽部は距離もあり、小さな砲台グリーンはいつにない速さでみな翻弄されました。

 

私は、と言うと、ショットはまぁこんなもんだろう・・・、と言うところでしたが、またまた「アプローチ怖い」症候群が悪化し始めました。グリーン回りからダフリダフリで乗せるのに3~4回かかってしまったり、林からもダフリで出すだけなのに2~3打かかってしまったことが数回ありました。

 

同組のI君は以前からドライバーのイップスなんですが、気持ちがよくわかります。構えてテークバックしようとするといやぁーな感じがしてクラブをひけない、なんとか動かすのですが、ダウンの動きもコントロール出来ず早打ちのダフリ、トップの連続です。

 

少しずつ自信を取り戻しかけていたはずでしたが、やはりずっとイップスと仲良くして行くことになりそうです。ただパットは珍しく好調で大たたきは無く、まんべんなくトリプルボギーを重ねていったおかげで見事にシングルぺリアは頂きました。ドラコンも頂きましたし、107のスコアも私には満足いくものでした。

 

M君はこの会のメンバーの中で1、2を争う実力者です。一緒に回ってあらためて彼の技術の高さを確認しました。ティーショットからパットまですべてにおいて私より数段上の技術を持っています。珍しく2~3度大きなミスショットもあったことでグロス90でしたが、この難コースでグロス2位は98ですから、ダントツのベスグロでした。素晴らしい!

 

T君は絶不調、2回のOBに加えパットのタッチもあわず、(なんと一度はパットが転がり続けてグリーンから出てしまいました。ほんとに早いグリーンでしたね。)100越えです。彼が100回以上打ったのは初めて見ました。でもドラコン一つとったし、楽しく回れたのではないでしょうか。

 

そしてI君、相変わらずにぎやかです。営業の仕事関係で年間のラウンド数はおそらく一番多い(ほぼ毎週らしいです)そうですが、多忙でラウンドする以外は全く練習出来ないそうです。ずっとドライバーイップスで苦しんでいましたが、今回も5鉄でティーショット。でもその5番アイアンが当たっていました。

 

実はここ数回のコンペでは調子悪く、ブービーメーカーの有力候補でした。後半の数ホール崩れかけましたが5番アイアンの切れを取り戻し、なんとか踏ん張りました。初参加のIA君とのにぎりにも勝ち、12位は最近の彼にはいい結果でしょう。スコアにはご不満でしょうが、ご機嫌はよろしいかったですね。常任幹事で活躍、みなお世話になっておりますから彼が調子がいいのは私たちにも嬉しいことでした。

 

優勝はここがホームコースのG君、私も毎月お世話になっております。実は先週も船カンでまわっておりまして、グリーンの速さに慣れていたことも幸いし他の科とは思いますが、本来実力者の片鱗を見せました。

 

前回優勝で今回幹事長を務めたIM君は残念ながら(私も同じ経験がありますが、優勝するとハンデが跳ね上がりますから、私のように波のあるゴルファーは次回が厳しいのですね)Bメーカーでした。また次回に期待です。

 

次回は7月、やはり高校同期の集まりは楽しく、今から楽しみです。グリーン会のみなさん、今回は年度末という事もあり多忙で参加出来なかった方々もいましたが、また宜しくお願い致します。

 

 

 カテゴリ:スポーツの話, 日々のこと

親不知

親知らず、一番奥の歯(第2大臼歯)のまた奥に出来てくる(出来ないこともあります)歯です。

 

人間の顎の骨は元々第3大臼歯(親知らず)が完全に萌出するスペースがあるほど大きくない場合が多く、真っ直ぐ生えてきても他の歯のように完全に見えるようにならない(歯肉に隠れて)ことが多いです。

 

また真っ直ぐにはえてくることは少なく、横向き、或いは斜めに伸びて来たり、骨の中に埋まったままで(完全埋伏と言います)全く見えないことも多くあります。

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完全埋伏の場合より、半埋伏あるいは埋伏していない時にトラブルが多く発生します。

 

ただでさえ一番奥で歯ブラシが届かないのに加え、図のように手前の歯との隙間や奥の歯肉との隙間が深くなる傾向があります。

 

そこに常に歯垢がたくさんたまっていますから、虫歯にもなりやすく(手前の歯も虫歯になりやすくなりますね)、歯肉の炎症も起きやすくなります。

 

歯肉に傷がついたりしてそこにバイキンが入ると化膿して腫れて痛みます。「親不知のおかげで腫れた、」というのはこういう事です。

 

そこに親不知があることによってそういう腫れが出たり、虫歯が出来たりしますから、最終的にそれらの症状を防ぐ為には原因を取り除くこと、つまり親知らずを抜くことになります。

 

親知らずは真っ直ぐ出て来ることが少ないため役に立たないケースが殆どですが、手前の第2大臼歯はとても大事な歯です。

 

親知らずの影響でこの最後臼歯を悪くしないように気を付けなければなりません。抜くことを怖がったり、嫌がったために大切な永久歯を弱らせて、最悪それまで抜かざるを得なくなることもあります。

 

出来れば若いうちに処置することをお勧めします。歯を抜いたあとに骨が作られ埋まって行きますが、歳をとってからだと骨が十分に埋まらなくなることもあり、それによって手前の第2大臼歯を支える顎骨が不十分になり弱くなるケースがあります。

 

もしも(たまにはうまく萌出して機能するケースもありますが)親知らずが悪さをする可能性があるのなら、早めに決断することが重要になって来ます。

 

あまり深い埋伏歯の場合は私には無理なので、うちの患者さんたちには東京医科歯科大学の口腔外科、あるいは顎顔面外科に紹介状を書いています。

 

ちなみに私の親知らずは学生時代に先輩に全部抜いてもらいました。というか、先輩に頼まれて処置してもらいました。外科の単位を取るために最低20本の抜歯をこなさなければいけなかったので、ちょうどいい患者だったわけです。

 

 

 カテゴリ:歯の話

3/22/2014船橋カントリー倶楽部

先月は大雪で予定の日がクローズで出来なかった月例の船カンに2か月ぶりに行ってまいりました。

 

いつものG君、H君との3人組です。雲一つない好天に恵まれ、まだ風邪は冷たいですが、冬の寒さはなく、いいスコアを期待しましたが・・・。

 

ベストスコアはG君の111、あとは書く必要もないですね、あいかわらずの低レベルの争いでした。

 

スタート前にアプローチ練習をしました。最近やっとシャンクは出なくなり、練習場では少しずつ自信がついてきたと思っていましたが、コースに出るとやはり打てない・・・。今日もテキサスウェッジを駆使せざるを得ませんでした。

 

もうテークバックでクラブを引こうとするとイヤーな感じがして、うまく動かせなくなります。そして相変わらずトップ、ダフリが出ます。それでまた怖くなってしまう悪循環です。

 

ひどいイップスの人は全くクラブを動かせなくなるそうです。そこまでは行っていなくて幸いと思わなければいけないかもしれません。

 

でも今日はショットも悪かったです。これではいいスコア出るはずないなぁ。どんどん下手になるみたい。それに慣れて楽しくラウンドを終えられるようになってしまったのは良い事なのかどうなんだか・・・。

 

来週はたまたま同じ船カンで七高グリーン会のコンペです。2週連続ですから少しはスコアアップを狙って頑張りたいところですが、ただの花見になってしまうかも・・・。ま、いいか。

 

 

 カテゴリ:スポーツの話, 日々のこと

科学の進歩

長年こつこつと基礎研究を重ねてきた研究者たちの努力と、少々の運、試行錯誤、失敗の繰り返し等、多くの人々の業績の積み重ねによって科学は進歩、発展して来ました。

 

学生時代にレポート提出に悩まされた経験を持つかたは多いと思います。論文の始めに基礎的なこと、現時点まで知られている事の説明をするときには、誰が書いても似たような記述になります。

 

少々文体を変えて、等よくやります。完全に引用してしまえば済むことでもありますが・・・。昔使ったデータを引用することもあります。論文のどこに使ったかによっては少々困ることもありますが、問題ないこともあります。

 

学生気分の残った未熟な研究者がいくつかミスをおかしたとしても、根幹である「発見をした」ということが「事実」であれば、そのミスが発見を揺るがすことはありません。

 

歴史的な発見だからこそ、細かくチェックされましすが、これほど注目されない研究ならば、たまには(?)同じようなミスを含んだ論文も出されている可能性はあります。

 

追試を正確に行った結果、もしも再現性が認められなかったとしても、それならばなぜ偶発的にそのような現象が起きたのかということは世界中の研究者の課題になります(発見が事実なら)。いつか正しい理由を明らかに出来るときが来るでしょう。

 

今騒がれているケースでも、数か月後には追試の結果が出るはずです。どういう結果になるのか期待しています。たとえ良い結果がでなくとも、その失敗は無駄にはならないのです。

 

本来論文が発表された時点ではそれが正しいかどうか解りません。多くの人に精査され、追試が行われ、それから本当の評価がでるものです。

 

少し騒ぎすぎ、持ち上げ過ぎていた方々が手のひらを返したかのように徹底的にたたき続けているように見えます。

 

初期の報道で若い研究者の周りの人からの取材をもとに、その人がすごい努力家で才能ある科学者であるということを私たちは知りました。これは紛れもない事実なのでしょう。

 

才能ある研究者は人類の宝です。私たちには出来ないことをしてくれます。その人たちの努力無くしては科学の進歩はないのです。

 

その若い芽をよってたかって踏み潰すことに何か建設的、発展的な意味はあるのでしょうか?憔悴した若い科学者をなんとか引っ張り出してさらし者にしようとする意地の悪い魂胆が見え隠れしています。

 

報道と言う蓑に隠れたペンの暴力によるいじめと思われないように、節度と品のある、配慮をもった報道をして頂きたいと思うのは間違いでしょうか?

 

先日、横綱日馬富士が研究者を擁護する発言をしました。彼だから許されるんだろうなぁ・・・。普通のひとが言ったらその人まで叩かれそうな雰囲気になって来ているように感じます。

 

ハーバードの元指導教員でもあり、共同研究者の方の発言は興味あるものでした。「いくつかのミステークは発見の根幹を揺るがせるものではない。ある圧力によって論文を撤回するべきではない。」と、いうものです。

 

科学の発展と進歩を妨げないようにしたいものです。それが人類の進歩の礎になり、私たちの生活を豊かにしてくれるものだからです。

 

 

 カテゴリ:サイエンスの話, 日々のこと

亀戸駅までの遊歩道の桜並木、ここ数日の暖かさで今にも開きそうな蕾があちらこちらに・・・。

 

今年も春を迎えられます。感謝です。

 カテゴリ:日々のこと

小児歯科の仕事について

歯科大を卒業するまでにひととおり専門医の仕事の基礎を習いました。小児科も基本的なことは学び、数人の子供の患者さんの治療もしました。

 

アメリカでは小児科も専門医としての訓練を受けて、試験に通って資格を得ます。歯科大卒業後にGraduate school へ入り専門的な知識とテクニックを身に付けます。

 

ですから私は本当に基礎の基礎しか知りませんが、知っている事を書いてみます。

 

まず、歯医者の待合室から一般歯科とは違うでしょう。お子さんたちが気持ちよく、楽しくなるような工夫をしている事でしょう。おもちゃ、人形、絵・・・、他にもきっといろんなものが置いてあったりするかもしれません。よく小児歯科の窓には楽しそうな絵がはってありますね。

 

私たちの時代には小児歯科医は白衣を着ませんでした。マスクもしません。子供が少しでも違和感を抱くことを避けるためです。元々白衣を着る一つの理由は自分の服を汚さないことですが、ここではそうも言っていられません。(一般歯科でも白衣を着ないドクターが多かったですよ)

 

ドクターは患者さん(お子さん)と話す時にしゃがんで目の高さを同じにします。大きな大人が上から見下ろして話すのは子供から見たら威圧感があるからです。

 

使う言葉にも気を付けます。使ってはいけない言葉が多々あります。「いたい」、「こわい」、「けずる」、「ちゅうしゃ」・・・いろいろリストがありました。その代替用語のリストもありました。(かなり忘れてしまいましたが)

 

怖そうな器具は極力見えないように心掛けます。逆に水や空気が出るシュリンジがユニットに付いていますが、水鉄砲のように遊ばせながら、こういうものを使うことけど、怖いものではないことが自然にわかるようにしたりします。

 

保護者は診療室に入れません。甘えるからです。親が助けてくれると思って泣いたりします。子供は割と打算的なところがあります。これも子供の純粋さのひとつかもしれません。

 

いろいろ楽しい話をしながら出来るだけ早く治療を終えます。乳歯は、永久歯に代わるまでの数年間痛まずに使えればよいので、大人の歯ほど丁寧に治療することもないのです。早く終わらせる、子供にとって楽に、という事が優先されます。

 

終わって帰りにはおみやげを貰います。小さなものでも貰えると嬉しいものです。こうしてお子さんたちが楽しい時間を過ごし、また遊びに来てね!と言ってさよならします。

 

何歳くらいの子にはどの程度の治療をするか、とか非協力児への対応の仕方とか、残念ながら、私はそこまではわかりません。専門的な訓練、学習はしていませんから。

 

子供のときの経験は一生つきまとうことがあります。歯医者ぎらいの人の大半は子供の時にいやな思いをしています。いい小児歯科で治療をうけられた方は比較的歯の治療に対する恐怖心が薄い方が多いですね。

 

私は子供が歯医者嫌いにならないように治療する自信は全くありません。そのためのトレーニングは受けていないからです。お土産もおいていないし、うちの待合室は子供にとっては殺風景なものでしかないかもしれません。私はシンプルでいいと思っておりますが・・・。

 

私が勉強したときから30年以上過ぎました。今はもっといろいろな工夫をしているかも知れませんね。日本の歯科大でどういう教育をしているのかは知りませんが、基本的には同じことをしているはずです。

 

若い親御さんたちには、子供たちのためにいい小児歯科を見つけてくれることを願ってやみません。そうして歯医者を好きな患者さんが増えてくれたらいいなぁ・・・。小児歯科の先生方、宜しくお願い致します!

 カテゴリ:アメリカの歯医者の話, 歯の話

Big-O オスカー・ロバートソン

先日バスケのことを書いたらいろいろ思い出してしまいました。

 

私がアメリカに初めて行った時、まず大学の寮に入りました。1973年当時はもちろん携帯電話などありません。各部屋に電話もないし、個人的にテレビを持っている学生もいません。

 

寮のロビーにテレビが置いてあり、みんなでワイワイ言いながら見ました。次の年の春、NBAのプレーオフシーズンですが、ある晩テレビの前にみんな集まって大騒ぎしながら見ていました。

 

なにかと思ったら、ボストン・セルティックス対ミルウォーキー・バックスの決勝戦だったらしいです。私は日本にいるときからバスケットボールは好きで遊びでは、やっていましたが、その程度だったのでNBAの知識は殆どありませんでした。

 

学生寮のロビーのテレビの前で学生たちが盛り上がっている姿を見て、NBAの人気に驚いたこと、そして、そのすごいプレーに仰天して私もみんなにまじって観戦しました。

 

バックスのセンターはあのカリーム・アブドゥル・ジャバー、ボストンのセンターはデイブ・コゥエンスでした。コゥエンスはたしか6フィート・8インチ、2メートル2~3センチです。今はこんなに小さいセンタープレーヤーはNBAにはいませんね。

 

ボストンのパワーフォワードはジョン・ハヴェリチェック、彼は6フィート5インチ、今ではガードでも小さいほうかもしれません。

 

そのあとバスケ大好き人間になった私はいろいろな事を知り、NBAの知識が増えて行きました。そしてずいぶんあとに発見したことは、なんとあのゲームはBig-Oことオスカーロバートソンのラストゲームだった可能性が高いんです!

tumblr_m8vnxwHbLB1qd6wt5o1_500ジャバーはまだゴーグルをしていませんね、後ろにいるのがBig-Oです。

NBAのことをよく知るようになって、オスカー・ロバートソンと云う伝説的な選手がいたことを知り、ライブで彼のプレーを見たかったなぁ、とずっと思っていたのですが、実は彼の引退前の最後の試合があのボストンとのプレーオフだったのですね。リアルタイムで彼のプレーを見ていたことに気づいていなかったんです。

 

カリームはあのフックショットが印象的でよく覚えていますが、アシストとかガードのプレーに関しては知識ゼロでしたから、残念ながらBig-Oの印象は残っていません。

 

Big-Oは6フィート・5インチ、当時のガードとしてはかなり大型の選手でした、あのころはNBAでも180センチ以下の選手も結構いましたから、のちのマジック・ジョンソンみたいな感じだったんでしょうね。(マジックは確か6フィート9インチくらいでしたか、ガードですが、当時のボストンのセンターより大きかった訳です)

 

トリプル・ダブルを達成した回数はマジックよりはるかに多く(おそらくこの記録はだれも破れないでしょう)なんとダブル・トリプル・ダブルを達成したこともあります。ポイント、リバウンド、アシストすべて20以上・・・・。他には誰もやったことはありません。

 

ウイルト・チェンバレンの一試合に100得点という大記録と共に、もう誰も破れないだろう記録をいくつも作った、まさにレジェンドです。もう一年早くアメリカに行っていればそういう事も知った上で彼のラストゲームを見て感動していたかもしれません。

 

1973~1974シーズンのNBAプレーオフ、私は19歳、初めてNBAの迫力にふれた年でした。

 カテゴリ:アメリカの思い出, スポーツの話

今どきの若者は・・・

大きくなりましたねぇ・・・。先日映画を観に錦糸町まで行く途中で2メートル以上はあるだろう、と言う若者が前を歩いていました。

 

電車に乗るとまたひとり、もっと大きいかもしれない男性が同じ箱に乗っていました。ほんとに今の若い人たちは大きくなりました。

 

私の年代では私は大きい方でしたが、今はもっと背の高い人がごろごろいます。今でも覚えていますが、私が小学生のときは日本人の平均身長は(男性)164センチでした。今の20代の人たちの平均は172センチくらいらしいですね。

 

私が学生の頃(確か歯科大にいた頃だと思います)バスケットボールの男子日本代表チームがアメリカ遠征にやって来ました。

 

たまたま私のいたところのすぐ近くの短大チームと試合をするということを聞き、見に行きました。日本代表には2メートル以上の選手が二人、北原で選手と岡山選手です。わたしと同年代で、日本を代表するエースでした。

 

このころまでは日本代表はアジアで中国とさほど差のない強いチームでした。バスケットファンの方はよくご存じでしょうが、岡山さんは本当に大きかった(2メートル30くらい?)です。

 

アメリカにもあれほど身長のある人はいませんから、相手の選手も観客もびっくりしていました。試合の方はというと、いい試合をしましたが、接戦で敗れたように記憶しています。

 

最後のほうで岡山選手が相手の選手とケンカになりかけた事には驚きました。彼と北原選手はアメリカ留学経験があったので英語がわかったんでしょうね、ラフプレーに加えてかなり悪い言葉をかけられたんじゃないかなぁ?温厚そうな岡山さんがかなり激高してました。

 

短大の体育館での試合でした。NCCA,Division1の大学の大きな体育館とは違います。普通の高校の体育館のような場所です.

 

アメリカの強豪大学とは力の差がありすぎて試合にならず、強化の役に立たなかったのでしょうね。こうして地方の短大チームと試合をこなして頑張っていた日本代表でしたが、このころからアジアでも勝てなくなってきました。

 

もう30年以上オリンピックに出ていないのかな?モスクワは日本チームがボイコットしたんだったかな?あのころは2メートル以上ある選手は数えるほどしかいませんでしたし、戦術も遅れていたのでしょうか。

 

今では高校生の試合に2メートル以上の選手がいっぱい出てきます。簡単にダンクをします。昔の北原選手も岡山選手もやっとダンク出来る程度だったのに・・・。岡山選手は体重もあって、多分ジャンプ力30センチくらいだったですね。

 

この高校生たちが順調に成長してくれて、またアジアの代表としてオリンピックに行ってほしいと祈っています。

 

 

 カテゴリ:スポーツの話, 日々のこと

フランク・ジョーブ

野球ファンの方はよくご存じだと思いますが、ジョーブ先生がなくなりました。トミー・ジョン手術で多くの野球選手の復活に大きな役割を果たした方ですね。ご冥福をお祈りします。

 

彼はわたしの出身校であるLoma Linda 大学の医学部の卒業生です。私の弟は同じ医学部出身なのでまさに大先輩です。弟に言わせると、L.L.Uの一番の有名人だね・・・、だそうです。

 

調べてみたら、彼は「Band of Brothers」と言うドラマシリーズ(何年前でしょうか?かなり話題になりました)で有名な101空挺師団で衛生兵だったらしいです。ノルマンディー上陸からバルジの戦いまで参戦、一時は捕虜にもなったとか・・。

 

軍の退役者に与えられる奨学金で大学に入り、(ラ・シエラ・カレッジからロマ・リンダ大に進んだのは私た兄弟と同じです)医学部を卒業しキャリアを築いていったそうです。先輩だと言うことは知っていましたが、そういう経歴については知りませんでした。

 

全く面識もないのですが、大学の先輩であることには違いないので、何か感じるものがありました。

 カテゴリ:アメリカの思い出, 日々のこと

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