新原歯科医院

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渡邉選手・対プリンストン・12/06/2017

GW大はアイビーリーグのプリンストンに71-60で勝利。こちら時間12/07/2017朝です。ここら辺では負けてはいけないところです。

 

 

渡邊君は13得点、6リバウンド。

 

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八村くん情報・11/24/2017

ゴンザガ大はPK80Invitationalと言うミニトーナメントの2回戦でオハイオステイトに86-59と圧勝しました。まだ分数などは分かりませんが、八村くんは5点、4リバウンドで終わっています。オハイオステイトはフットボールでは強豪ですが、バスケではゴンザガよりは格下ですね。

 

次戦の相手は恐らく古豪フロリダ大になるものと予想されますが、2日連戦となるため、コーチのフュー氏は各プレーヤーのプレータイムには腐心されたと思います。フロリダ大はAP、及びUSATODAYの両ポールで全米7位にランクされている強豪です。因みにゴンザガ大は17位にランクされています。

 

一つ良かったことは、八村くん、終盤(残り一分半くらい?)にスリーポインターを決めた事です。ずっと入らなかったアウトサイドからのジャンパーですが、一つ入っただけで気が楽になるもんです。これからもっと積極的にジャンパーを打って行けるようになれば活躍の機会が増えて行くでしょう。これからが楽しみです。

 

 

渡邊君のGW大は、やはりラスヴェガスで行われているトーナメントで強豪ゼイヴィア大に敗れています。ゼイヴィアは今のところはゴンザガよりも少し上位にランク付けされています。

 

こういうコンファレンスリーグ戦開幕前のミニトーナメントには、やや格下のチームが必ず招待されます。ホストが一回戦で負けるわけには行きませんから、そういう理由もあるのかも知れません。格下のチームにとっては、逆にアップセット勝ちが出来ればチームのランクアップにつながり、NCAAトーナメントへの道が開けてくるのですが、GWには残念な順当負けだったでしょうか?

 

GWも連戦です。大黒柱の渡邊君には疲労との闘いですが、頑張ってほしいですね。

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お知らせ

私事では御座いますが・・・。

 

今週11月25日(土)午後10時から、NHK-BS1で放送される「経済フロントライン」と言う番組に、私の弟、新原豊が出演いたします。5~6分の枠だそうですが、彼が開発して、今年の7月にアメリカFDAの認可を得た新薬に関する話題などが紹介されるのかと思います。

 

多くの方に見て頂ければ嬉しく思います。

www4.nhk.or.jp/keizai/

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渡邊、八村選手3戦目・11/18/2017

両選手とも3戦目を終えました。渡邊君はシュートが入らなかったようです。フィールドゴール1/19、こういう日もあります。彼はコンファランスのデフェンス・ファーストチームに選ばれていますが、ディフェンスに関しては毎試合彼の貢献は大きいものがあるはずです。まずはチームの勝利が大事。今後に期待です。

 

 

八村くんのゴンザガ大は前半途中までユタステイト大にリードを許すという意外な展開でしたが、前半の内に逆転し、リードを広げて終わってみれば74-66での強い勝ち方を見せました。八村くんは数字的には今ひとつでしたが、ゴンザガ大バスケットボールチームのTwitterに投稿されたハイライトでは八村くんがアリウープを決めたシーンが入っていたり、しっかり主力選手の一人としてプレーしている様子が見れました。

 

 

1年生のキスパートという選手が、6-6とあまり大きくないんですが、この日も先発していい数字を残しています。今年は八村くんはスターターにはなれないかもしれませんが、このまま出場時間を伸ばしてどんどん成長してくれることを期待しています。

 

今年はあまりNCAAバスケの事は書かないつもりだったけど、結果を見るとついつい書いてしまうなぁ(笑)。

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空を飛ぶ夢

なんだか変ちくりんな夢を見た。夢っていうのはそういうものだけど、どんなに変なシチュエーションでも、夢の中では全く変に思わないことが多い。

 

車を運転していた筈なのにいつの間にか自転車に乗ってたり・・・、何故か家の中からゴルフのティーショットを打とうとしている自分が、おかしいとも何とも感じない。

 

夢が覚めて初めて変な夢だったなぁ・・・、なんて思うものだ。大地震の夢を見たときには、夢から覚めて本当にほっとした。

 

楽しい夢を見たときには、あぁ、もっと寝ていたかった・・・、と思うし、嫌な夢の時には、あぁ、夢で良かった・・・、と思う。

 

今までに何回か、「これちょっと変だぞ・・・、夢なんじゃないか?」と夢の中で思ったことがある。そして「あ、やっぱり夢だよ!」と気づいたことが何度かある。

 

もしかして、夢か?と思った時に私は空を飛んでみるんだ。念を込めて、「身体よ浮け!」と思った時に身体が浮いて、空を飛ぶことが出来れば私は夢の中にいる。映画の「マトリックス」を考えた人もそういう経験があるんじゃないかな?なんて思ったりする。

 

昔、空を飛んでいる夢を見たことがあって、それはそれは爽快だった。本当に気持ち良くって、だから夢かな?と思った時には空を飛んでみるんだ。スーパーマンではなく、ピーターパンのようにね。

 

子供の頃に観たディズニーの漫画映画は本当に面白かったし、夢があったなぁ。あの頃はアニメとか言わなかったし。中でも「ピーターパン」と、東映動画の「西遊記」はもう一度見てみたいなぁ。

 

 

まだほんのちょっぴり子供心も残っているのかも知れないな(笑)。

 

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便利と不便

ある日帰宅してドアを開けた瞬間に手が滑り、スマホをガッチャンと玄関の床に落としてしまいました。衝撃の為か?勝手に再起動したスマホを見て、壊れたかも・・・?

 

再起動終わって少し使ってみたら、まぁ大丈夫そう。良かったよかった、と充電器を繋ぎました。

 

風呂から上がると、内装工事の人から着信あり。電話を一本。また充電器に繋ぎます。

 

朝早く、トイレに起きました。また寝床につこうとしましたが、スマホが目に入ります。充電中のランプが点いていません。あれ・・・?見ると昨夜電話したあと充電がなされていません。

 

あぁ~、やっぱり壊れたかぁ・・・?何度か繋ぎなおしたりしましたが、ランプはつきません。仕方ない、土曜日にドコモショップに行こう・・・、それまでは電源切って、たまにメールチェックくらいするかなぁ・・・。等と考えてると寝付けなくなっちゃった(泣)。

 

そのうち起きる時間です。早起きしてもう一度スマホをチェック。やっぱりダメだ。特に電話もメールもあまりしないし、さほどスマホを使う時間の多くない私ですが、使えないとなんか不安です。これも軽いスマホ依存症の症状なんだろうなぁ、なくてもさほど困ることもないのにね。

 

昨年、私の姪が治療に通っていました。ある日、治療の予定をドタキャンしてくれました。あとで聞きましたが、スマホをなくしちゃってパニクっていたそうです。

 

姪は私なんかと違ってスマホを最大限に活用しています。スイカ、お財布携帯、等々全てスマホに入っていて、スマホ一つで何でもできるようになっていたはずが、失くしてしまうと、何も出来なくなってしまう訳ですね。生活が成り立たなくなってしまうと言っても過言ではないかも・・・。

 

と言う訳でいろいろな手続きを踏んでまた新しいスマホで生活できるようになってから治療再開しました。

 

本当に便利なスマホですが、事によっては大変な不便をもたらすことになってしまいます。便利と不便は表裏一体、と言う事でしょうか?私はスマホオンチの老人で良かったかもしれないな(笑)。皆さんもなくさないように気を付けて下さいね。

 

因みに私のスマホですが、そのあとよく見たら、充電器のプラグがコンセントから外れていました。昨夜電話した時におうちゃくして充電器外さずに電話を手に取った時に引っ張って外れたんでしょうね。

 

と言う訳で一件落着。ちゃんと充電出来まして、まだ古いスマホを使っております。でもそろそろ年期が入って来ましたからね、本当に壊れる前に買い替えようかなぁ・・・、ないと不安だからなぁ・・・、等と思う軽度のスマホ依存症の私です。

 

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安吾史譚・源頼朝より

若い頃坂口安吾が好きでいろいろと読みました。「堕落論」や「白痴」などが有名ですが、私にはよく解らず、特に印象はありません。彼のエッセイがとても面白く、「ウン、ウン、その通りだ!」なんて思いながら読んでました。

 

 

「安吾巷談」のなかの「世界新記録病」、「勝夢酔」、「安吾史譚」のなかの「小西行長」、「源頼朝」等々・・・、ふんふん・・・、と思いながら読みました。

 

今日は「源頼朝」のなかで、そうかもしれないなぁ・・・、と思わされたくだりについて書いてみます。

 

前半生の頼朝に関しては、平治の乱で捕らえられ、命乞いをしてまでなんとしてでも生き延びようとする情けないほどに惨めなオトコだ、というように結論付けています。挙兵したものの石橋山で敗れ、山中を逃げ回るところまでは、なんとも情けない凡人として語っています。

 

ところが伊豆から房州へ船で逃げ延びてからの頼朝は開き直ったかのように人が変わります。二万の大軍を連れ、たった三百の手勢しか持たない頼朝をひやかしに来たかのような上総権之助広常はその別人のような頼朝の気迫に押され、一気に心服して配下となったのでした。

 

「それからの頼朝は本来の堂々たる大将軍であり大政治家であった。・・・・中略・・・、私は判官ビイキにも反対ではないが、義経には民を治める特別の識見も才能もありゃしない。その点になると月とスッポンぐらいの差があるから、判官ビイキの観点だけで二人の人物を比較するのは全然お話にならないのである。」

 

坂口安吾は最後にこう結んでいます。私がほぉ~っ、と感じたのはこのエッセイの中段くらいかなぁ・・・、

 

「伊東を逃げてからの頼朝は暫くはヤブレカブレの心境だったかも知れない。北条の娘に恋文を送った打算的なところなどは、彼が将軍となって行った経綸の堂々と正道を行く策やカケヒキに比べると、いかにもミジメな窮余の策で、後日の彼の真骨頂たる風格とは遠いものがある、

 

窮すれば誰しもミジメになるもので、それは見てやらぬ方がよい。盛運順風の時に何を行ったかが大切で、第一、人が窮した時に行うことなどは天下の大事に及ぶ筈はないのであるから、とるにも足らぬことだ。」

 

という件です。それまでは「苦しい時にこそ強く正しく生きれるかが人物の本来の姿が現れる・・・」といったようなことを言われる方が多かったように思います。強くなければいけない・・・、と思い込んでいた私には新鮮な考え方でした。

 

彼の「源頼朝」は幸田露伴の「頼朝」を参考にしたと思われる部分があるが、独自の見解からユニークな頼朝像を提示している・・・、本格的な歴史評論である。という研究がなされています。

 

身長180センチほどと当時としてはかなりの長身だった彼はインターミドル(今のインターハイにあたるのかな?)で走高跳で日本一になったこともあるスポーツマンでもあり、スポーツに関するエッセイもとても面白く読みました。

 

彼の同年代には、後に世界記録を打ち立てたりオリンピックで金メダルを取ったりした織田幹夫さんや南部忠平さんがいた中での日本一ですから凄いものですが、彼は泥んこのグラウンドで一人だけ違う方向から助走していたのだから、他の選手たちが踏み切りの時にずるずる滑って記録が出なかったから勝てたのであって単なるマグレだ、と謙遜していますが、それにしてもたいしたものですよね。

 

青春論、恋愛論的なエッセイにも強く影響された私でしたが、歳を経て「いやぁ、安吾には騙されたわい!」と今は思う事も多いんです(笑)。私はもう坂口安吾が逝去した49歳をはるかに越えていますしね。

 

でもこの安吾史譚、特にこの「源頼朝」に対する考察、先ほど記したあの件(くだり)には、年を重ねる毎に共感するものが強くなっていくのです。

 

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藤井4段、羽生世代に挑む・9/3/2017将棋NHK杯

めっきり涼しくなって来た今日この頃です。夏も終わりましたかねぇ。また秋がやって来ますね。

 

将棋の世界でも時が流れて行きます。最年少名人となった谷川浩二さんが羽生世代の陰に隠れ、葛飾区お花茶屋出身の渡辺明竜王が羽生世代を脅かし(私は隣の駅の葛飾区堀切出身なので彼には親近感を持っています。(笑))、15歳の中学生棋士、藤井聡太4段が羽生世代に挑戦するようになりました。

 

毎週日曜日の午前中にテレビ放送しているNHK杯将棋トーナメントで、今話題になっている藤井4段と、永世名人であり羽生世代の一角でもある森内俊之9段と2回戦で当たることになりました。

 

朝起きてテレビをつけると二人の棋戦をやっていました。あれ?と思いましたが(まだいつもNHK杯を放映する時間になってませんでしたから)、最近注目を集めている藤井4段と森内9段の対戦とあって、異例の生中継をしていたのです。用事がありましたから見続けられません。途中から録画して帰宅後に観る事にしました。

 

今までにも、それこそ「ひふみん」と呼ばれ親しまれるようになった加藤一二三さん、中原時代とさえ言われた強さのあった中原誠さん、その時代を終わらせた谷川浩二さん、羽生世代と言われる羽生善治、佐藤康光、森内俊之さん他の同年代の棋士たち、そして渡辺明竜王など、若い時期から注目されて来た棋士たちは数多くいましたが、藤井4段ほど世間の注目を集める事はありませんでした。

 

果たして藤井4段が先人たちよりも強くなるのかどうかはわかりませんが、デビュー以来29連勝と言う記録がマスコミの注目の的になったようです。

 

 

帰宅して、晩酌のさかなに久しぶりに観る将棋中継(笑)。もうせめぎあいは始まっています。因みに私は将棋に関しては全くのど素人、駒の動かし方を知っている程度です。

 

 

解説はこれも若手の雄、昨日(5日)から将棋王座戦で羽生善治王座に挑戦している中村太地6段でした。しばらく見ていなかったら清水女流6段から司会が代っていました。藤田綾女流2段だそうです。

 

 

見ていても全く進行具合も何もわからぬ私ですが、そんなど素人の私にさえも迫力がひしひしと伝わって来る、超一流のプロ棋士たちの凄味です。

 

いったいどっちが有利なの?(笑)

 

 

 

おぉ、もう一人解説者が現れました。二人の解説者というのも異例です。しかも森内9段と並び羽生世代と言われる強豪棋士のなかでも羽生さんに次ぐ実績を誇る佐藤康光NHK杯です。

 

 

手数が進む中、二人の表情が微妙に変わって行きます。

 

 

あらぬ方向を向く森内9段、勝負が決した事を理解したのかも知れませんね。

 

 

そして・・・。

 

 

森内9段、負けました、の一言、なんと15歳の新鋭が森内永世名人を下しました。

 

 

感想戦に入りました。勝負の決まったすぐ後から、こうして二人の棋士が棋譜を振り返ります。いつもは負けた棋士が悔しさを抑えながら感想戦に入る様子が伺えますが、この日は森内9段のサバサバとした表情が実に印象的でした。勿論悔しいには決まっているのでしょうが、若くして注目を集める藤井4段の緊張を解くかのように話しかけていました。

 

 解説陣もこれから二人の元へ向かいます。

 

 

中村、佐藤両解説者が加わりましたが、やはり和やかな雰囲気の感想戦となりました。

 

 

駒を並べ直して棋譜をたどっていきますが、森内9段のこの表情です。

 

 

藤井4段も笑顔がこぼれます。いい先輩たちに恵まれましたね。

 

 

公式戦で強豪棋士に勝てる事を証明した藤井4段です。注目されるのも当然の素質と強さを見せたことになるのでしょうか?

 

 

異例の生中継が終わりました(私は録画でみたのですが)。

 

 

NHKに異例の生中継を踏み切らせた藤井4段ですが、まさにその生中継で彼の存在を大きくアピールしました。これからの成長に期待したいですね。

 

昨日の王座戦第一局は185手という長い将棋になりましたが、この日解説していた中村太地6段がその混戦を制し羽生2冠に先勝した事が今朝の日経朝刊に記されていました。永く続いた羽生世代の時代も終わりに近づいているのでしょうか?新しい秋の声を聞きながら、将棋の世界も時代が流れて行くようです。

 

 

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breakfast in 1970`s

朝ごはん、英語でBreakfastといいますが、その語源は「Fast」(断食)を「Break」(破る)というところから来ているそうです。夜の長い(日中の食事の間隔からすれば長い)断食を終える食事・・・、と言う事なのでしょうか。

 

アメリカの庶民の代表的な朝食と言えば、Two eggs overeasy with hashbrown and toast、でしょう。自宅ではシリアルとフルーツも多いかもしれませんが、カジュアルなレストラン(デニーズのような)ではやはりTwo eggsが主流だったと思います。(40年前はそうでしたけど・・・)

 

 

こうやってトーストの代わりにパンケーキだったり、ベーコンやソーセージを添えたりもします。私は大好きでよく食べました。

 

私が留学していた当時、テレビで「Overeasy」と言う題名の人気コメディー番組があったくらいです。主人公はカジュアルなレストラン(コーヒーショップとも言いますが)のウエイトレスでした。

 

深夜にも仕事をしている、(例えば長距離トラックの運転手の人達とか)人達にとって終日営業のレストランがある事はとてもありがたい事ですが、そういったこともあり、街道沿いにはそういったお店が多くありました。

 

 

看板に「24hours breakfast」と書いてあるお店がよくありました。ラスベガスなんか不夜城と言われるくらい、夜も昼もありませんから終夜営業の店だらけでしたね。

 

 

そういうコーヒーショップで夜中でもAmerican Breakfastの「卵2個、両面焼き」メニューは人気の定番料理でした。

 

 

最近はサニーサイドアップもよく出るのかなぁ・・・?昔はあまり頼む人いなかったけど。

 

 

トーストはライブレッドだったりフイートブレッドだったり、ビスケット(お菓子ではありません)も好きでしたね。パンケーキを頼むと、シロップも幾つかの種類があって(メープルだけでなく、ラズベリーとか・・・)それもいくらでも好きなだけかけられるボトルで来ましたから、たっぷりとかけて・・・。こりゃぁ太る筈だわい(笑)・・・。

 

 

私は付け合わせのハッシュブラウンポテトが大好きでした。元々(今でもですが)コロッケ大好きな子供でしたが、アメリカにはコロッケがなく、このハッシュブラウンが多少なりともコロッケを彷彿させるテーストがあったんでしょう。

 

 

マックのハッシュポテトとは少し違いますが(マックのはハッシュブラウンを食べやすく、簡単に出せるようにしたものなのかもしれません)やっぱり揚げ物が好きなんだな。向こうでは日本のソースなどなかったからケチャップをたっぷりかけて食べました。

 

外食するときにはこういうメニューを取りましたが、大学入学当初、寮に入ったときには学食のスクランブルエッグが好きだったなぁ。

 

 

寮のキッチンでは簡単にできるオートミールばかり作って食べてました。ただ水混ぜて小鍋で温めるだけ、ちょっと塩をふりかけて、目玉焼きをのせたりして・・・。これは日本に帰ってからも懐かしくって時々食べてました。私の子供たちも小さい時は食べさせられてたな・・・、作るの簡単だから(笑)。

 

 

でもやっぱりご飯と味噌汁が恋しくなるものです。寮を出てアパート借りて住み始めてからは、コメを炊いて、初めは炊飯器もなかったから、普通の小鍋で炊いてました。結構うまく炊けましたよ(笑)。

 

始めはNapa郡のセント・ヘレナと言う田舎町の小さな大学に行ってたんですが、サンフランシスコまで、1時間半くらいかかったのかなぁ、日本人町のスーパーで味噌とか、だしの素とかを買って来て、自分で初めて味噌汁も作りました。いやぁ!美味かった(笑)。

 

1973年にカリフォルニアに渡り、2年間は日本へ帰りませんでした。まだドルが360円から308円になって、そして変動相場になったころで、オイルショックで円が上がりましたが、それでも1ドルが260~300円くらいだったと思います。飛行機代ももったいなかったからなぁ・・・。

 

40年前といえば、半世紀近いですものね。隔世の感があります。日本も変わったし、1983年に歯学部を卒業して日本に帰って来ましたが。きっとアメリカの食文化も様変わりした事でしょう。今の状況は全く知りません。今の人達は朝食に何を食べてるんでしょうか?

 

2年たって南カリフォルニアのラシエラ・カレッジに転校することにしました。一度日本にも戻ろう、と1975年夏休みに一時帰国しました。2年ぶりに自宅の部屋で一夜を過ごし、6畳間ってこんなに狭かったんだなぁ・・、なんて思いながら寝付いた事でしょう。朝起きると母が朝食を準備してくれていました。

 

あぁ、久しぶりに美味しい味噌汁とご飯を食えるぞ・・・!と思っていました。台所に行きテーブルに着くと、そこには・・・、ハムエッグとトーストが並んでいます(笑)。

 

そういやぁ、日本にいた頃、高校のころとか自分でトースト焼いて食ってたっけなぁ・・・(笑)。10年前に他界しましたが、母親の愛情あふれる親心だったんでしょうね。ま、いいか・・・(笑)。美味しくいただきました。生前の母親とこんな話したことなかったなぁ・・・。

 

 

やっぱりこれだよなぁ・・・。朝、味噌汁の香りが味わえるって幸せな事ですねぇ・・・。

 

 

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微妙にショック

今朝、コーヒーを飲もうとしたら、財布がなかった。忘れてきたようだ。微妙にショックだった・・・。

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